11/17-3 孫正義のナンバーワン主義

僕は20代の終わりに肝臓を患って、3年半、入退院を繰り返していたんですが、そのとき医者に「もってあと5年」と宣告されたわけです。会社はようやく軌道に乗ったばかり、結婚して小さな子供もいるというときに、死を宣告されたわけですから、本当に目の前が真っ暗になりました。でもそれが同時に、人生というものをいろいろ見つめ直すきっかけともなったわけです。健康なときには、人生とはなんぞやなんてことをゆっくり考えている暇はなかなかない。とりあえずお金を稼がないと会社は潰れちゃうわけですから目先の仕事に追われてしまうんですよ。しかし病気をして、あと何年かしか生きられないのかな、と思ったときに、本質的なことを否応なく考えさせられたんです。
 死んでしまえば、自分が食っていくとか、家族や社員を食わせようとか、もう関係ないわけですよね。仮に会社が潰れちゃったって、自分が死んでしまえばね、直接は関係ないという状況になってしまうわけです。にもかかわらず、僕はどうしていたかというと、現実には病院を抜け出してまで、仕事を一生懸命やっていたわけです。何のためにこんなことをしているんだろうかと、ずいぶん自問自答した。結局、行き着いたのは、やはり、これは自己満足なんだな、という答えだったんです。人間は究極のところ、自己満足のために生きているんだな、と。

では自分にとっての自己満足っていったい何なんだと、自分自身に問いかけたときに、まず思ったのは、物欲じゃないなと。贅沢したいとか、うまい物を食べたいという欲望には限りがある。あるいはお金そのものを求めているわけでもない。ざっくばらんな話、現在僕の資産はもう4000億円ぐらいはある。年間1億円ずつ使ったって4000年かかるわけですよ(笑)。僕にとって自分が使い切れる以上のお金っていうのは、もはや単なる記号にすぎないわけです。それなのに、当時も今もそうですが、寝ているときまで仕事の夢を見るような生活をしている。何でそこまで一生懸命やっているのかといえば、自己満足を得たいからにほかならない。それではいったいどんな満足なのかといえば、象徴的な言い方をすると、自分の仕事によって、どこか遠くの地の果てにいる小さな女の子がニコッと笑ってくれること、僕の自己満足ってそういうイメージなんです。偽善めいて聞こえるかもしれないが、仮に世の中のほとんどの人が認めなくても、たったひとりの女の子が僕らのやった仕事の結果として、満面の笑みを浮かべて喜んでくれれば、僕はそれだけで何ものにも代えがたいぐらい喜びを感じるだろうなと。人から何と思われようと、それが僕にとっての自己満足なんです。これは死に直面したときに感じた、掛け値なしの偽らざる僕の本音です。(公開された覇者のアルゴリズム、http://www.hh.iij4u.or.jp/~iwakami/softbank.html

 

海を知らぬ少女の前に麦藁帽子のわれは両手を広げていたり(寺山修司)

 

スジャータは、古代インドの女性名で、ウルーヴィラ地方の豪族の娘。釈迦の成道の際に一杯の乳糜を捧げて命を救った。

釈迦 は6年にわたる生死の境を行き来するような激しい苦行を続けたが、苦行のみでは悟りを得ることが出来ないと理解する。修行を中断し責めやつしすぎた身体を清めるためやっとの思いで付近の川に沐浴をしたとき、たまたまスジャータが森の神に供物の乳糜を捧げるために付近を通りかかり、川から上がったもののまさに命尽きようとしていた釈迦にこの供物を捧げ、命を助けた。

心身ともに回復した釈迦は心落ち着かせて近隣の森の大きな菩提樹 下に座し、128日、遂に叡智を極め悟りを得て仏教 が成道した。(めいらくグループ)

 臨死体験というけれども、生死の境目に現れる少女も研究対象として、面白いね。「海を知らぬ少女」も色々論議されたけど、ネフローゼから一時期回復した修司の命のことだったのかもしれない。釈迦の前に現れた、スジャータ、少女信仰の原点だね。

 そして、我が三木谷社長、バジリスクの少女「愛するものよ、死に候え」、ちょっと程度が低いと思うぜ。だから、募集定員に達しないんじゃないか。

11/18 孫正義のナンバーワン主義U(志、ロマン、人生観)

I 「小さな女の子の笑顔」とはひどくロマンティックな表現ですけど、お話をうかがっているうちに、『シンドラーのリスト』の中のワンシーンを思い出しました。『シンドラーのリスト』はご覧になりましたか?

S いえ、見てないです。話には聞いてますが。

I ユダヤ系であるスピルバーグ監督がアウシュヴィッツをテーマとして、虐殺された同胞への鎮魂のために撮ったといわれる作品ですが、全編モノクロなんですけれども、殺されていくユダヤ人の群れの中にちっちゃな女の子がひとりいて、その小さな女の子の服だけ赤く着色されているんです。モノクロの暗い画面の中に、小さな赤い服が鮮明に浮かび上がる。スピルバーグは小さな女の子の愛らしさを強調することで、ナチの犯罪の巨大さを表現したわけですが、孫さんは「女の子の笑顔」という言葉で何を表現しようとしているのか、もう少しかみ砕いてお話ください。

S ひとりの女の子を幸せにするっていうのは、ひとつの象徴的な例として挙げただけで、もちろんひとりではなく、多くの人々が少しでも幸せになってほしいと願っているわけです。あえてそれを、「小さな女の子」と言ったのは、大人とは違って利害関係も打算もない無垢な存在という意味で挙げた例なんです。年端のいかない小さな女の子の喜びって、お客さんがよりたくさんお金を出して、商品を買ってくれれば、こっちもありがとうございますと頭を下げる、そういう等価交換的な関係というか、物理的、経済的な価値とは、違う次元のものだと思うんですよ。
 もちろん一方で僕は、デジタル情報産業のインフラを提供するという事業で、世界一になりたいと思っているわけで、これはこれで本気なわけです。そうした、力や規模を追求する熾烈な競争世界に生きている僕と、ちっちゃな女の子の幸せを喜ぶなんてことを言う僕と、どこでどう結びつくんだ、相矛盾してやしないかと思うかもしれませんけども、僕の中ではそれが完全に一致している訳なんです。

 赤色(9/-2 血の色について考えるU、9/-2 血の色について考えるV参照)をこの記者は思い出したが、興味深いね。孫正義は博愛という地平に達し、三木谷氏はまだ躊躇しているのだろうか。

 孫正義がもしヴィッセル神戸を買収していたならば、カラー変更などしなかっただろうし、決定事項などという言葉も使わなかっただろう。

 孫正義の少女は不正を許すなとささやいたのだろうか。熾烈な競争世界は目前にあり、孫正義VS三木谷の死闘を見られるこの幸せを天に感謝しなければ。

11/29 孫正義のナンバーワン主義V(差別体験)

過去に、米国経済誌「Business Week」の取材を受けて、「幼稚園のときなんか、頭を友達に石でぶたれたんですよ。これは衝撃で、以来自分の出自を隠すようになった」と幼少時の「差別体験」を語ったことがある。しかし、他方、今まで日本のメディア相手には、ナショナリティの問題に関してはほとんど語ろうとしてこなかった。事業家としては軽々と国境を越えてしまった孫氏であっても、内なるボーダーの桎梏からはたやすくは自由になれないということなのかもしれない。もっともそれは無理からぬことで、表層はともかく、目に見えぬ陰湿な差別を内包している日本の社会の方に責任がある。彼が差別を受けていたのは、幼少期だけの話ではない。成人し、事業に乗り出してからも「見えない壁」にぶつかってきた。同じく「Business Week」によれば、ソフトバンク創業直後、某銀行に融資の依頼に行った際、応対した銀行マンからあからさまに「名前がねえ」と、孫氏が在日韓国人であることを理由に融資を断られたという。ナショナリティについての彼の沈黙と憂鬱は、日本の暗部の投影にすぎない。(孫正義ロングインタビュー)

 

 孫正義も差別に苦しんだんだね。三木谷氏は元銀行マンで、彼との間は色々取りざたされている。カラー変更で三木谷氏はファン、サポを差別したといえるだろう。なんの断りも無く「決定事項」の一言で済まそうとしたんだから。

 簡単なことだけど、大衆がかかわっている問題で、差別するものと差別されるものの戦い、これは差別されるものが有利だよ。三木谷氏どうする。

12/-3 孫正義のナンバーワン主義W(リアカー人生)

自分自身を「前向きな人間」と自己分析する孫氏は、ルサンチマンをストレートに表出することはせず、高度に昇華させてビジネスの世界で結実させてきた。当然のことながら、その間、鍵をかけて胸の中にしまい込んできた思いがあったに違いない。それが珍しく表に奔出したのは、96年2月、毎日新聞が主催する「毎日経済人賞」を受賞した折のことだ。贈呈式の模様を、ジャーナリストの立石泰則は「文藝春秋」9611月号でこう書いている。
 「今年の2月、孫正義は毎日新聞が主催する『毎日経済人賞』を受賞した。その贈呈式での挨拶の途中で、孫は辛かった幼少の頃を思い出し、思わず涙で言葉を詰まらせた。
 『24歳で自分の事業を起こして14年。いろんな場面がありました。嬉しいこともたくさんありましたが、私のしてきたことがひとつの公の場で認められたのは初めてです。非常に感謝しています。子供の頃、家は貧しかった。近所から残飯を集め家畜のえさにしていた。今は亡き祖母がリヤカーを引っ張って貰いに行った。ときどき、自分をリアカーに乗せてくれるのだけども、残飯が残っていて、ぬるぬるして気持ちが悪かった。それが自分の家の貧しさと重なって、そういう生活から抜け出したいと思っていた。それがいま、経済人として社会に認められて……』」
 この授賞式のとき、何が胸に去来したのかと、実に無粋きわまりない質問を孫氏にさし向けると、彼は「あの時はついうっかりとして……」と口ごもりながらこう語った。(孫正義ロングインタビュー)

 

 リアカーなんて今の若い人は見たことも無いだろうな。俺のうちも馬力(馬で荷物を運ぶ仕事)をしてたからよく空の台車に乗せてもらったのを思い出した。焼け跡が残る町でオモニたちはがんばってたな。オモニのお好み焼きの店でソースをかけすぎてよく怒られた。今となっては懐かしい思い出だ。こんなおばあさんがいたから、ここまで来たんだね。

 掲示板で、「リアカーで行商」なんて書いてあるから不思議だったけど、おばあさんのことだつた。

 今、家族の絆なんてことがわからなくなっているのがさびしいが、孫正義が伝えてくれるか。

12/11-2 孫正義のナンバーワン主義X(デジタル情報革命)

I 話は変わりますが、なるものの進展によって、社会はどのように変容するのか、多くの人がいろいろなことを言ってますが、孫さんはどういう未来図を描いているんですか。

S 変化という言葉と、進化という言葉は似て非なるものですよね。僕はやっぱり進化していってると思います。コンピュータの場合、機能がどんどん上がっていっているわけです。情報処理のスピードもメモリ容量もそうだし、表現能力もどんどん高度になっている。たとえば、ビデオ・オン・デマンドを実現したくたって、コンピュータの能力が足りなかったから、採算が取れる見込みもなかった。それが、技術革新によって、コストパフォーマンスがどんどん上がってきており、ビデオ・オン・デマンドも可能になってきている。従来はマスメディアというのは一方向で、かつ、お仕着せのものが多かったわけですけれども、将来はそれがブロードキャストからナローキャストへ、さらにポイントキャストへというふうに進化していき、完全にオン・デマンド型で、完全に個別で、より人々のニーズにフィットした形になっていくことでしょう。マスプロダクションから個別の”個プロダクション”という形へ、しかもより美しく表現できるという方向に変わっていくでしょうね。(孫正義ロングインタビュー)

 

 もうじき家庭で、安く過去のコンテンツを見られるわけだ。能、歌舞伎、新派、過去の名演を早く見たい。三木谷氏よ、勝負になるのか。

12/13-2 孫正義のナンバーワン主義Y(フェアネス=正義)

理解のためのキーワードは、インタビュー中にも頻出した「フェアネス」と「イコール・パートナーシップ」および「双方向性」ということになるだろうか。とにかく孫氏は、一方通行の関係性を嫌う。紙数の都合で本文では割愛したが、多くの企業が株主総会をNTTの総会と同じ日に開催し、株主からの質問を可能な限り封じ込め”シャンシャン総会”で終わらせようとする風潮を孫氏はひどく批判しており、実際にソフトバンクでは集中日を避けて、株主からの質問も広く受け付ける開かれた総会を実施しているが、これも株主と経営サイドの関係を正常化し、フェアで2ウェイなものにしようとする試みにほかならない。企業に対して優位に立つ銀行が、一方的に企業に評点をつける「日本的慣行システム」を嫌い、反対にソフトバンクが各取引銀行に対し、評点をつけて、それに基づき取引枠も変更する「コアバンク制」を始めたことも、対等の、フェアな関係を築くというポリシーに基づいている。「フェアネス」は、孫氏にとって「哲学」であるだけでなく、実践のための「武器」でもあるのだ。そして言うまでもなく、それは孫氏個人のみならず、万人にとっての「武器」であり得る。(孫正義ロングインタビュー)

 

 正義は武器なのか。三木谷氏は正義という言葉を使わないね。心の中に正義を思ったなら、カラー変更などできるわけないものな。

 

12/27-2 孫正義の涙(小学校六年生)

その連絡ノートの表紙に、小学校六年生の正義が詩を書いていた。「通信ノート・NO7・愛のポケット」とかかれた表紙の下半分に鉛筆で記されていた。
  タイトルは「涙」

  君は涙を流したことがあるかい。
  「あなたは」
  「おまえは」
  涙とはどんなに
  たいせつなものかわかるかい。
  それは人間としての感情を
  あらわすたいせつなものだ。
  「涙」
  涙なんて、
  流したら、はずかしかい。
  でもみんなは、涙をなが
  したくて、ながしては、
  いないよ。
  「じゅん白の、しんじゅ。」
  それは人間として、
  とうといものなのだ。
  「とうとい物なのなん
  だよ。」
  それでも、君は、はずかしい
  のかい。
  「苦しい時」
  「かなしい時」
  そして、
  「くやしい時」
  君の涙は、自然と、あふれ
  でるものだろう。
  それでも、君は、はずかしい
  のかい。
  中にはとてもざんこくな、
  涙もあるんだよ。
  それは、
  「原ばくにひげきの苦しみを
  あびせられた時の涙」
  「黒人差別の、いかりの涙」
  「ソンミ村の大ぎゃくさつ」
  世界中の、人々は今もそして
  未来も、泣きつづけるだろう。
  こんな悲劇をうったえる
  ためにも、涙はぜったいに欠
  かせないものだ。
  それでも君ははずかしいの
  かい。
  「涙とはとうといものなのだぞ」

  正義は小学校六年生でいくつかの社会問題に興味を持っていたことがわかる。原爆、黒人差別、そしてベトナム戦争中に起こったソンミ村の大虐殺を取り上げている。(さとうたかしのホームページ)

 

 真珠も原爆も漢字で書けなかったんだね、まだ大志を抱く前と見える。孫正義の怒りは一族郎党(ソフトバンクホークス)を引き連れて楽天イーグルスに襲い掛かる。

 

12/29-2 孫正義の涙(あんみつの味)

「孫さんもこの間、『このクラブ、一万八千円もした』って、ヘンな自慢していました。もともとIT関連の若い連中を連れて食事に行っても、居酒屋で割り勘だったというし、休日も自宅近くの商店街のたいやき屋で二人であんみつを食べたりしている。夫婦そろってケチなんでしょう」(ベンチャー企業家)(週刊文春、12.2

「今でも日本は大好きなんですよ。本当に僕好きなんです。やっぱりカレーライス食ったらおいしいと思うし、ざるそば食ったらおいしいと思うし、年越しそばを食わないとなんとなく年が明けたような気がしないし」
  インタビューの中で、孫は日本が好きだと強調した後で、こう続けた。  「一回内側に入ってしまえば非常に日本という国はいい国ですよね。外のものに対するアレルギー、拒否反応みたいなものはありますけど」(さとうたかしのホームページ)

 こういう、週刊文春の記事、いいと思いませんか。俺こういう記事好きなんだよね、けなすつもりで出したんだろうけど、二人そろってあんみつを食べる図、絵になるよね。「さとうたかしのホームページ」のほうはインタビューしたと書いてあるから信憑性はある。

 孫正義は在日だけど、心は日本人なのだろう、食い物の話をさせると、判るものはあるものな。

 

12/31-2 孫の買収劇(ジフ・デービス社の失敗94,95)

もう1つは、三木谷が「黒幕」だった可能性。

当初、当時の「金融界の常識」に従って孫のM&Aを「無謀」と見た三木谷は、積極的に興銀上層部に進言して孫の妨害工作に動いた。が、孫が金融界の私的なルール(法的根拠のない、身勝手な慣行)を公然と無視し、銀行など屁とも思わずに市場から直接、社債などの形で買収資金を調達して事業を拡大して行くさまを見て、三木谷は、だんだん興銀の上司がアホに見えて来た。「孫に起業ができるならオレにもできる。こんな、昔からの慣行に安住し続けるだけの意気地なし(興銀)のなかにいることはない」と悟った三木谷は、バカな上司の「詰め腹」要求を喜んで受け入れて脱サラし、孫を手本(あるいは反面教師)としてベンチャー起業家になった。( http://www.akashic-record.com/y2004/sonvsm.html vs. 三木谷〜シリーズ「球界再編」(8)

 これが、遺恨試合の論拠なんだけど、筋は通ってるな。もしこれが真実であるならば、孫正義に謝るべきだったろう。しかし、それをしないのが、カラー変更で見るとおり、三木谷流なんだな。おかげで、遺恨試合が見られるわけだ。

 

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